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住宅営業

以前、会社の命令で営業を6ヶ月間やった。
運がよく4棟の契約ができた。つらさだけの思い出しかない。
以下の記事をみてなつかしくなった。

引用します。(情けない過去の3部作)

第一部【私の情けない過去】
私は、年間平均して4~5棟の契約しかあげられませんでした。一番悪いときは年間2棟という年がありました。
しかもそのうち1棟はうちの会社の関連のお客様・・・。
誰が営業でもよかった物件です。
実質、年間1棟しか取れなかったこともあります。
本当に苦しかった。
辞めたかったけど、辞める勇気さえも持てなかった。そんな情けないヤツです。
売れなかった時代で こんな思い出があります。
あるお客様に見積もりを出したのだが、その後まったく連絡が取れなくなった・・・。
訪問してもいつも留守。
私は当時の所長に、こう報告していた。
所長『あの客どうなってるんだ!』
私『はい。何回も訪問して、手紙を置いてきているのですが会えません。』
このような報告を繰り返していた私に、所長はキレた。
所長『今週中に必ず会って、結果を報告しろ!』
私『はっ、はい!』
私は毎日のように訪問していたのだが・・いつも留守。
後で分かったのだが、子供が体調を壊し、実家に帰っていたという。
そんなこととは知らずに、私は毎日、お客様のアパートが見えるところに車を止め、お客様の帰りを待った。
電気メーターを見に行ったり、郵便物をチェックしたり・・。
まさにストーカー行為。
今だったら確実に捕まっていただろう・・。
週末になり、私は追い詰められてきた。
《 明日までに会って、結果を聞かないと所長に殺される 》
私は、夕方5時からお客様の窓が見える位置に車をとめた。
怪しまれるので、車のエンジンは切った。
このとき、季節は3月。 夜はものすごく寒い。
私はダウンジャケットを着て、お客様が帰るのを待っていた。
4時間ほど待っていると突然、アパートの電気がついた。
《 よっし、帰ってきたぞ!》
私は急いで お客様の家に向かった。
私は深呼吸をひとつし、チャイムを押した。
お客様『はい。』
私『○○ホームの菊原です。』
お客様『ちょっと待ってください。』
お客様が玄関まで出てきてくれた。
私『見てもらえました? 見積もりは・・。』
お客様『あぁ、実は実家の知り合いのところで決めたのですよ。』
私はいろいろと言って、くい下がったが、
お客様にこういわれ、ぐうの音も出なかった。
お客様『実家の土地に建てるので、私たちだけでは決められないので。』
私『そっ、そうですか、わかりました。』
これで、私の一週間の張り込みが終わった。
私は事務所に戻り、そのことを所長に報告した。
所長『おまえさぁ、よく考えろよ。実家の土地に建てるんじゃダメに決まってるだろ!』
確かこんな感じのことを言われた。
私はその夜、悔しくて眠る事ができなかった。
次々に雑念が頭をよぎる。
《 所長が毎日行けって言ったんじゃないか!》
《 あの客も言ってくれよなぁ 》
《 すげぇ寒かったよ、車の中 》
《 だいたい、何で俺が寒い中、ダウン着てお客を待ってなきゃならないんだ!》
しまいには こんな事を考えていた。
《 チックショー、絶対 明日辞めてやる!》
次の日、出社していつもの朝礼が始まる。
私『今日は20件訪問します!』と自分が思っていないことを宣言する。
《 訪問するのいやだけど、やるしかねぇかぁ 》
こんな毎日の繰り返しだった。本当に情けない。

第二部【私の目を覚まさせてくれた一言】
先日、机の中を整理していると昔の写真が出てきた。
工場見学会のときの記念写真だ。もう6~7年前のこと。
私は写真を見てつくづく思った。
《 若いなぁ~ 》
時の流れの速さを実感した。
私は一緒に写っているお客様を見て、ドッと汗が出た・・・
《 このお客さんは! 》
このお客様には、私の押し付け営業にだいぶ付き合ってもらった。
敷地調査から始まり、プランやプレゼンを10~20回以上見てもらった。
そして工場見学まで付き合ってもらった。
ちょうどお客様の息子さんと私が同じくらいの年だったので、かわいがってもらっていた。
何だかんだで、2ヶ月で30回くらい会っていたかもしれない。
当時の私は、このお客様しかいなかった。
だから、石にしがみ付いてでも絶対に契約を取りたかった。
お客様は行けばイヤな顔をしないし、よく私の話を聞いてくれた。
言葉の端はしに気になることもあったのだが、聞かないふりをした。
悪いプラス思考だ。
お客様『まだ、子供との話し合いがあるから、こんなにやってもらっても建てられるか分からないよ。』
私『大丈夫ですよ。私も勉強になりますから。』
お客様『なら、いいですけど。』
私は頑張ってプランを考えたり、プレゼンを出せば決まると思っていた。
このお客様のために、毎日深夜まで残業したものだ。
持っていくネタが無くなって、徹夜で手作りの模型まで作った。
お客様もさすがにヤバイと思ったのだろう。
私に本心を打ち明けてくれた。
お客様『菊原君、一生懸命してくれるのはうれしいのだけど、まだ家族会議ができてないの。』
私『そうですかぁ。』
お客様『だから、しばらくは他のお客様にいろいろしてあげて。』
お客様は私を気遣い、やさしく断ってくれた。
私はこのお客様しかいなかったので、この後も通い続けた。
今だったらストーカー行為で逮捕されているだろう。
そんなある日、ご主人にこう言い放たれた。
ご主人『きみのやっていることは迷惑なんだよ!』
私は目の前が真っ白になって、その後は記憶が無くなった。
その後、一週間ほど立ち直ることができなかった事をよく覚えている。
私はこの時、断られたのは「努力が足りない」と本気で思い込んでいた。
本当に・・このお客様には悪いことをした・・・。
当時の私は、お客様のためにプランやプレゼンを作っていたわけではない。
自分が契約を取って、楽になりたかったからだ。
そんなヤツには誰も家づくりを任せたくないだろう。
私はこの事件が起こった後、考え方を少しずつ変えていった。
《 お客様に本当の意味で役に立つにはどうしたらいいのだろうか? 》
と本気で思い始めたのも、この頃のことです。

第三部【携帯依存症になった私】
私が契約を取れ始めたころの話です。
あるお客様と契約を頂き、お付き合いをしていた。
仮に名前を高田さんとしておきます。
高田さんは会社でも偉い方。
かなり厳しいお客様だ。
私はこのお客様を契約した直後に、かなり後悔し始めていた。
《 やめとけばよかったかなぁ~ 》
商談時からうすうす気づいていたのだが、契約後に本性が出始めた。
こんなことがあった。
トゥルルルルル
携帯をみると高田さんからだ。
私は他の電話をしていたので、出ることが出来なかった。
5分後に電話をすると、いきなりこんな感じ。
高田さん『 何ですぐに電話に出ないんだ!困るんだよ!』
その後も携帯に出ないだけで、えらく文句を言われるようになった。
休みの日でも、夜の11時でもだ。
《 付き合っていけるかなぁ~ 》
夜、電話をもらうたびに、どんどん不安になっていった。
ある日、私は休みの日に仲間とゴルフに行った。
調子がよくスコアはなんと84!
ベストスコアだ。
機嫌よく打ち上げに行こうとしているとき、高田さんからの着信に気づいた。
その画面を見ただけで、いゃぁ~な汗が全身から噴き出した。
今までの盛り上がった気分は一気にどん底に・・・。
恐る恐る電話をしてみると、案の定・・ブチ切れ。
私はみんなとの打ち上げを断って、高田さんの家へ向かった。
結局、用が終わって家に帰るころには、10時を過ぎていた。
《 ちくしょ~この客、断っておけばよかった 》
後悔先に立たず。
この時は、すでに建物をオーダーした後だったので、逃げられるはずもない。
私は高田さんのおかげで、携帯依存症になった。
携帯が片時も話せない。
風呂に入るときでさえ、すぐに出られるように近くに置いていた。
ある日、ゴルフ仲間からこんな突っ込みを受けた。
仲間『 お前、打つごとに何?携帯見てるんだよ、落ち着かないやつだなぁ 』
私はショットを打つごとに、着信を確認していたのだ。
しかも半分無意識で。
完全に病気だ。
あるホールで高田さんから電話があった。
借り入れ関係で誤解が起こり、説明に時間がかかった。
仲間はあきれていた。
その日ずっと絶好調だったドライバーが・・どスライスでOB。
しかも3連発。
めったにOBを打たない私はキレて、その日のスコアは2年ぶりに100を超えた。
ゴルフというスポーツは、メンタル面が大きく影響するものだと実感できた瞬間でもある。
この日、深く落ち込んだことを覚えている。
《 これじゃぁ24時間休みのない奴隷じゃないか!》
休みも休みじゃない。
これなら売れないダメ営業マンのほうがまだいいと思ったほどだ。
また、こんなこともあった。
トゥルルルルル
私『はい、菊原です。』
高田さん『ちょっとかけ直してくれる。』
といって電話を切った。
《 どうしろのだろう? 》と思いながら、
私の携帯で高田さんの携帯に電話をした。
電話に出た高田さんは おもむろにこう言った。
高田さん『 携帯代、もったいないからさぁ。』
私『・・・・。』
《 オレだって自前だよ!》
この後、彼の自慢話と愚痴を聞くはめになった。
今までも、いろいろキツイお客様とお付き合いしたが、引渡しをしてしまうとなぜか忘れてしまっていた。
のどもと過ぎれば、何とかというやつである。
しかし、今回だけは絶対に忘れるものか!と誓った。
この後、何とか無事に引き渡しすることが出来た。
ここでは省略するが、引渡しの際も、金を払う払わないで、かなりもめた。
高田さん『 ○○をサービスしなれば、残りの金は払わねぇよ。』
引渡し前は毎日のように現場と夜、家に呼び出された。
本当に、高田さんと付き合っている半年間は、鎖につながれているような生活だった。
私はこの後、ヤバイお客様とは付き合わなくなった。
商談時からヒアリングを強化して、今後つき合っていけるか?を見極めた。
そのために、心理学から営業ノウハウ本など、必死で読みあさった。
《 もうあんな思いは二度としない 》
というモチベーションが そうさせたのだ。
付き合っていいお客様かどうか、だんだん見極められるようになった私はその後、安定した営業成績を残せるようになった。
そして毎日、楽しく仕事やプライベートを過ごすことが出来た。
あの時、高田さんに出会わなければ、真剣にヒアリングについて学ぶことはなかっただろう。
そういった意味では感謝しています。
その後、ほとんどいいお客様と付き合えるようになった。
そして・・ここから35ヶ月間、連続契約が続いたのです。

コピー&ペースト終わり
では。




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良家 りょう(yoike-ryou)

Author:良家 りょう(yoike-ryou)
地場の工務店に勤務。
ほとんど、住宅設計を
担当しています。
仕事エリアは 秋田、
岩手、宮城県です。
血液型A型、さそり座。

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